テレビを見て気づいた。

今日は東日本大震災の日であった。

12年前、もうそんな長い月日が経ったのか…

12年しか経っていないのか…

12年前の私は何をしていたのだろうか…。

そう私は職場で仕事をしていた。

立ち仕事の私は職場で動いており、地震を感じた。

テレビから地震速報を聞いた。

すごい映像を見て、大変なことが起こったと知る。

まさかそんな津波が起こると思っていなかった。

日本は地震大国と言われており地震が多いとは思っていた。

しかしあくまでも小規模な地震と、思い込んでいた。

実際多くの方が亡くなり、被災者が多数出た。

阪神淡路大震災のこともあったのに、月日は記憶を薄れさせる。

熊本地震も今日という日のニュースを見て、大きな地震があったなと気づかされた。

たくさんの方が震災にて被災者になったというのに。

日本に止まらず、海外でも多くの地震が起きている。

私に何ができるだろうか、寄付はもちろんさせてもらっているが…。

まだ来ぬ地震に思うこと

南海トラフ地震もいつかはわからないが起きると言われている。

いつ自分も被災者になるかわからない。

南海トラフ地震ではなく、他で起きるかもしれない。

しかし人はどこか自分は被災にならないと思っている節がある。

私もそういう一人かもしれない。

家に被災した際の準備をほとんどしていないと気づいた。

ネックライトと水ぐらいだろうか。

この前被災バッグを購入するか悩み購入を控えてしまった。

今の私に必要か否かと考えてしまった。

今日という日のニュースを見て、私の考えは変わった。

必要というか、置かないといけないものであったことに。

今は便利なようの中である。

今すぐにネットで購入をしようと思った。

しかし高いものがいいかわからず、値段のお手頃なものから挑戦するのもありだと思う。

他何が必要か情報を集め、記憶が新しいうちの今に準備をするつもりだ。

缶詰も多少のストックはあった。

賞味期限の長い食べ物や消耗品の用意が必要だ。

被災後、被災した県の食べ物を世間の多くの方が避ける傾向にあったと記憶している。

私は多少気にはなったものの、購入していたと覚えている。

被災地の食べ物

知人女性が話していた。

「少しでも協力したいから商品を送ってもらっている」と。

少し前の話だ。

私はどうだろうか…。

考えてみると、あまり気にせずに購入していた。

美味しい物は購入したい。

美味しい物は食べたい。

お菓子にしろ、フルーツにしろ生産者がいて、消費者がいる。

生産者の努力があり、私たちの生活ができている。

その食べ物を頂いて血となり肉となると思っている。

生きるということは誰かのおかげで成り立っている。

その状況に感謝しつつ、スーパーや他のところから購入させてもらっている。

私には自給自足は出来ない笑

だから生産者さんの商品を購入させてもらっている。

野菜、肉、魚美味しく頂いている。

フルーツ、加工品(缶詰、お菓子)も美味しく頂いている。

震災を通して感じるのは普通の幸せが大事であるということだ。

健康であること、仕事がありお給料をもらえていること、美味しくご飯を食べれていること。

他にもあるかと思うが普通の生活が出来ていることは尊い。

無くなって欲しくないもの

無くなって気づくことがある。

私は自分は幸せであると思う。

自分一人で生活できているのだから。

健康であるし、働いているし、衣食住に困っていないし。

欲を言えばもっとあるが、私の思う当たり前の生活が出来ていることは幸せなのだと思う。

だから日々の生活に感謝しつつ、自分に出来ることや準備はきちんと行いたい。

震災のことを過去とせず、被災地のことを忘れずに過ごそうと思う。

被災地だからという偏見は持たず、自身の目で見て購入や食したいと思う。

東北は1度しか行ったことがない。コロナ禍になり何年も旅行に行けなかった。

少し落ち着いてきた今なら東北(被災地)に旅したいし、そして色々なところを見てみたいと思う。

食べることが好きな私は、美味しい物を食べに行きたい。

今日いう日をおもいながら、仕事や生活をしていこうと思う。

 


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